マンガ専門ニュースサイト編集長というお仕事-「コミックナタリー」その1-最後まで手放さなかったのがマンガだった
掲載日:2009.06.05
最後まで手放さなかったのがマンガだった
音楽や映画、ゲームといったジャンルでは、当たり前のものとなっているニュースサイト。
でもなぜかマンガというジャンルにはニュースサイトが存在しないという、不思議な状態が続いていました。
そんな中で、昨年12月にオープンしたのが、マンガ情報専門のニュースサイト「コミックナタリー」。
音楽のニュースサイトして、すでに業界でも指折りのアクセス数を有する「ナタリー」のコミック版としてスタートし、オープンから約半年で、すでにマンガニュースサイトの決定版といえる存在感を示しています。
そんなコミックナタリーの編集長、唐木元さんへのインタビューを全3回にてお届けします。
【インタビューイ】
コミックナタリー編集長
唐木 元さん
【インタビュアー】
マンガナビ運営
株式会社ファンタジスタ代表
栗原 弘樹
―― 以前お会いしたのが昨年の5月でしたが、あの頃コミックナタリーって準備段階でしたよね?
準備も準備で、まだ構想段階でしたね。
そもそも構想自体は2007年の秋に遡るんです。
その頃僕はライフスタイル誌の編集部にいて、(株式会社ナターシャ代表の)大山とは数年来の友人だったんですよ。
それで「ナターシャで編集者が欲しいから来てほしいんだよね」という話を振られたんだけど、前の仕事が充実していたしギャラも悪くなかったんで、断ったんです。
ただ一緒に飲んでいる時に「ナターシャこれからどうするんだよ?」って聞いたら、「音楽以外のナタリーを作っていきたいんだよね、ゲームとか映画とかお笑いとかマンガとか」って大山が言っていて、それがボクの記憶の中に残ってたんです。
それから年を越して、その頃ボクは、セレクト漫画喫茶みたいなのができないかなって考えていたんですよ。
―― セレクト漫画喫茶? 実店舗で?
そうですね。
当時よく行っていた漫画喫茶が、ビッグタイトルしか置いてないんですよ。もうそんなのとっくに読んじゃってますよね。
それで自分が入り浸れるような、セレクトの利いた、あと椅子のいい漫喫がほしい、ないなら自分でやろうと思って物件まで探したんだけど、どう計算しても年会費を50万円くらい取らないと採算が合わない(笑)。こりゃ無理だわと諦めて。
ちょうどその頃には、前の仕事がつらくなってきていて。何というかラグジュアリーな雑誌だったんですけど、1000万円する時計とか50万もする靴とか紹介してても、自分とはあまりにかけ離れていて。しかもどんどん忙しくなってくるんですよ。退職者が相次いだりして。
―― ファッション誌って人の出入りが激しそうな業界ですよね。
そうでしたね。しかも辞めた分の補充も入らず、ただただ仕事が増えていくだけで。
もうその頃になると、小説を一冊も読めず、映画も観れず、CDも買わず、雑誌すら読まなくなくなっていた。
そうするとどんどん自分が痩せてくるんですよ。
そうやって趣味の時間がどんどん無くなっていく中で、最後まで手放さなかったのがマンガだったんです。それで最終的に「自分にとってマンガはこんなに大事だったんだ」って気づかされたという。
そうした諸々が、ある晩遅く、風呂に浸かってたらガチっと噛みあったんですね。「ラグジュアリー向いてないなあ、マンガにまつわる仕事とかいいなあ、そういやナタリーがオレを欲しがってたよな。新事業でコミックナタリーとかやったらいけるんじゃないか...それだ!」と思って。
それでぐぁーっと風呂を出て、びしょ濡れの裸のままで携帯かけて「もしもしっ!オレ今思ったんだけど、コミックナタリーっていけると思うんだ。会社辞めるわ!」って電話して。大山も「あ、ああ」って(笑)。完全に深夜ノリですね。思いつき。
だからまさかボクが合流するとは思わなかったって今でも言われるんです。
―― コミックナタリーは今何人でやってるんですか?
3人ですね。ただ3人のうち2人は(他の業務との)兼任なので、頭数でいうと、ボク+1+0.5+0.5人みたいな感じです。僕は「こんなマンガあるんだー」とか「いい記事だねー」とか言ってるだけのちゃらんぽらんな上司で、ネタの量も質も、彼らががんばってくれてるおかげですね。スタッフには恵まれました。
マンガのニュースが無かったのは「放っておいても売れたから」
―― 今、マンガ関連のサイトでページビュー(閲覧数)を集めているのは、色んなところから情報を拾ってヘッドラインを作っているニュースサイトが多いですよね。そんな中でコミックナタリーは他所に載っていない独自のニュースを掲載していますよね。
いや、掲載しているネタはそんなに他所と変わってないですよ。
ただ、独自に見えるいくつかの原因があると思うんですけど、ひとつは、ニュースサイトって個人でやっている所が多いじゃないですか。そうすると個人の嗜好性が強く出るので、どうしても萌えにネタが偏りがちになると思うんですね。ボクらはそこをニュートラルに保ちたいと思うので、ボクらが特異というよりは、萌え偏重なネット界の方に偏りがあるのかなという気がします。
もうひとつは、コミックナタリーは自分たちで記事を起こしているサイトであるということですよね。自前で記事を書いてるのと、ヘッドラインだけ拾ってるのとはものすごく違いがあると自負しています。実際に労働量としても全然違いますし。
しかもうちは会社としてやっている以上、取材元に裏を取る、掲載許可を取る、著作権的に問題のあることはしない、図版は勝手にスキャンするんじゃなくて必ず先方からもらう、という旧来からのメディアの儀礼というのを重んじています。
―― 実際、記事を自分たちで取材してニュース配信しているサイトってコミックナタリーと「まんたんウェブ」くらいですよね。
音楽のナタリーはYahoo!など複数のサイトにニュースを配信してるじゃないですか。ただ、マンガについては音楽ほどニュース量を集められないジャンルなんじゃないかとも思うんですよね。
出版業界ってあまりニュース配信に慣れてないというか、音楽業界に比べるとプレスリリースなどの一次ソースとなる部分が整備されていないかと思うんですが。
音楽のナタリーは一日30~35件のニュースを配信していて、コミックは一日10~15件配信してますね。
でもニュースの件数について言えば、まだ増やせます。
毎日12時に、他の3人からボクのところにネタシートというのが上がってくるんですね。
ネタシートはだいたい一日20件、多い日だと30件あるんですよ。そこから書いたほうがいいと思うものを10~15件に絞り込んでいるんですけど、人手さえあればもっと書けるんですよ。20~30件書いてもいいと思ってます。
一方、ネタの流通が整備されてないということについては、おっしゃるとおりですね。
例えば、音楽、アニメ、ゲームなどは、そのソフトに対してセールスプロモーションやPRを担当する人が必ずつくという仕組みが出来ていますが、マンガにはこれが無いところが多いんですよ。
同じ出版でも、小説とか単行本だと事情が違っていて、プレスリリースがかなり整備されているんです。
ボクも小説の編集部にいたことがあるんですけど、そこでは音楽業界にかなり近いセールスプロモーションの仕組みができていました。
じゃあなぜマンガにはそれが無いのかというと、それはマンガ雑誌そのものが100万部単位の広告媒体として機能していて、放っておいても売れたからでしょう。
黄金期があって、何もしなくてもビルが建つほど売れたわけですよね。だから自分たち以外のメディアに情報を発信するという習慣がなかったんじゃないかな。
―― 実際に取材に行ってみて、スムーズに行かないことも多かったりしますか?
最初は多かったですね。
いくつかのパターンがあるんですけど、まずはニュースサイトという存在をご存じなくて、「え、掲載にはお金がかかるんですか?」なんて警戒されることはあります。
もうひとつは、ガードされる。「ウチは情報は公式サイトに載せているので、それ以外は別に紹介してもらう必要はないし、図版を載せられるのは困ります」ということもあります。特に大手出版社さんには多かったですね。
この状況って、実は昔の音楽業界に似ているんです。実は音楽業界でも、かつてニュースサイトは不要じゃないか、という意見があった。公式サイトをお金をかけて作るじゃないですか。その内容がニュースサイトに載ってたら、ユーザはそこで情報を手に入れてしまって、せっかく作った公式サイトを訪れなくなるんじゃないかという懸念があったんですね。
でも音楽の場合、すぐにそれは全くの思い込みで、ニュースは出せば出すほどニュースサイトも公式サイトもシナジー(相乗効果)でページビューが伸びるというのが実績として明らかになったんです。それで音楽業界では、ニュースサイトをうまく利用してやろう、という風潮ができた。マンガも早くそういう認識になってくれるといいですね。
―― 確かにそういう感じはありますね。あとは広報の部分も編集部の方が兼ねてたりするんですよね。
PRという意識が薄いのと同時に、PRが個々の編集者に委ねられているという要因もあると思いますね。
これもやっぱり業界の体質だと思うんですけど、編集者が全てをハンドリングし、コントロールするという中で、なかなかセールスプロモーションにまで時間が割けなかったんじゃないかと思います。
だから今、ボクらにとっていい時期なんですよ。90年代にコミックナタリーをやろうと思ったら、、本当に相手にしてもらえなかったと思います。まだ放っといても売れてましたから。
でも、今マンガ雑誌が落ちてきていて、単行本にも頭打ち感がある。危機感がある出版社、危機感を抱いてる編集者さんほど、ボクらのことを上手く使えないかと考えて、積極的に話を聞いてくださる方がいっぱいいるんです。それにすごく救われています。
―― 出版社の方針というのもあるんですが、それより個々人によるところがすごく大きいなという気がしてるんですよね。ただでも忙しいところに、これ以上仕事が増えるのが嫌だという方もいましたし、それはそれで仰るとおりだとは思うんですよね。
インターネットに価値を見出しているかどうかというのは、個々人に拠ってしまうんだろうなと。
そうですね。あと、ボクも編集者だったのでわかるんですけど、編集者ってやっぱり囲い込みたいんですよ。作家には自分が頼んだ仕事だけしていてもらいたいし、自分のコントロールが効かないところに、自分が作ったものの情報が流れていくということが気持ち悪いという感じがあるんじゃないでしょうかね。凄く情緒的な話ですけど。
―― 確かに構想段階からずっと作者と一緒に作っているわけですしね。
もっと言うと、出版は文化事業であると唱えるタイプの人にとって、「セールスプロモーションなんて卑しい」という考えも依然としてあるんじゃないかと思うんですよ。
―― もう少しうまく情報を流してくれるとクチコミで広がるのになと思うことが多いんですよね。
コミックナタリーの記事が多くのニュースサイトで取り上げられる理由は、見出しがうまくつけられていて、そのままで使いやすいというのも大きいと思うんですよね。
一方で出版社のサイトをみると、同じようにうまく配信しているところもあるんですけど、「週刊●●、何月何日発売」という見出しだと、その内容が面白くてもクチコミにならないんですよね。
ほんの少しのところを変えてくれると、お金を使わずにすごくいいプロモーション効果を生むのになといつも思うんですが。
わかります。歯がゆいですよね。
―― 歯がゆいんですよ。本当にいい作品が山ほど発売されているわけじゃないですか。すごくいいコンテンツなのに、どうしてこれをもっと宣伝しないの?っていつも思っているんですよ。
そうですね。面白いマンガは死ぬほどありますよ。知られてないだけで。だからこそ僕らみたいな情報のハブが必要なんじゃないかと。
「完全な深夜ノリ」で生まれたというコミックナタリー。
一方で、なぜマンガという分野にはニュースサイトが存在しなかったのかを非常に冷静に分析しているのが印象的でした。
次回は、コミックナタリーが目指すもの、そしてサイトの核となる、ニュースソースの見つけ方に迫ります。
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