電子書籍、電子コミックのマーケット調査のお仕事-高木利弘
掲載日:2007.12.21
クリエイシオン代表取締役 高木利弘
第9回:電子コミック市場調査のお仕事
今年、Amazonが電子書籍リーダーを開発し電子書籍市場に参入するなど電子書籍に新しい流れをおきています。そんな電子書籍市場の中でニーズが急拡大しているのが電子コミック。
インターネットメディア総合研究所が今年11月に発表した調査報告書『電子コミックビジネス調査報告書2007』によると、電子書籍市場182億円のうち約6割近い98億円を電子コミックによる売上が占めているそうです。また、電子書籍の主流チャネルであるケータイ・WEBに加え、電子ペーパーや電子辞書、ニンテンドーDSなどどんどん新しい読書チャネルも広がっています。
マンガのお仕事は、そんな急拡大する電子書籍、電子コミックのマーケット調査を行っている株式会社インプレスR&Dインターネットメディア総合研究所の客員研究員で(株)クリエイシオン代表取締役の高木さんにご登場いただき、『電子コミックビジネス調査報告書2007』の調査執筆の中から見えてきた、電子書籍・電子コミック市場の今後の展望についてお伺いしました。
『電子コミックビジネス調査報告書2007』 執筆者
(株)インプレスR&Dインターネットメディア総合研究所客員研究員
(株)クリエイシオン代表取締役 マルチメディア・プロデューサー 高木利弘さん
高木利弘 プロフィール
1955年生まれ、早稲田大学卒。コンピュータ雑誌の編集長を経て、現在(株)クリエイシオン代表取締役。IT系事業の企画プロデュース、市場調査などを行う。著書に『電子書籍ビジネス調査報告書2007』『電子コミックビジネス調査報告書2007』(インプレスR&D刊)など多数。
書籍紹介
デジタルコンテンツの中でも人気コンテンツとして注目されている電子書籍。なかでも電子コミックは人気が高く、新規参入者も続々と参入し、マーケットは拡大している。2006年度は電子書籍市場全体が112億円に対し、82億円を電子コミックが占めるまでになっている。
本書は、急拡大する電子コミック市場を、市場の最新動向、コンテンツホルダーやコンテンツプロバイダといった市場関係企業を実際に聞き取り調査したものと、実際に電子コミックを利用するユーザーの利用動向を調査したものをまとめた調査報告書である。
ニンテンドーDSやiPhoneでマンガが読める時代が来る
――電子書籍市場全体を俯瞰できる資料といえば、2003年から発行されたこの業界白書しかないと思います。もともと出版界にいらっしゃった高木さんが、当時まだマニアックな存在だった電子書籍・電子コミックというジャンルの白書執筆に携わることになった経緯を教えてください。
高木氏:もともと私はパソコン雑誌の編集長をしていたんですね。1989年当時、日本初のDTPを使ったムック誌の電子編集を行いました。そんな理由で出版物の電子化にずいぶん早くから仕事として取り組んでいたんです。それ以来、CD-ROMをはじめとしたマルチメディアブームやインターネット全般を興味の対象に、広い意味での電子出版をメインテーマにした仕事をするようになりました。
それが21世紀になって、電子書籍という名前が世の中に浸透してきました。そんな中、以前からおつきあいのあったインプレスさんと話しているうちに、この市場のいろいろな情報を俯瞰できるような資料が必要だよねということになり、2003年に『電子書籍ビジネス報告書』という形で発行しました。
――「出版」にも「電子」にも詳しい高木さんですが、従来使われていた「電子出版」と「電子書籍」ということばの定義は何が違うんですか?
従来の紙の出版が電子メディアにかわっていく大きなトレンドを電子出版と呼んでいます。その枠の中で、書籍という形態を書籍に近いイメージで電子化しオンライン出版したものを電子書籍と位置づけています。ですからCD-ROM出版などは電子書籍に入りません。
――ここ数年、参入企業が飛躍的に増えてきた電子書籍の市場規模をどのような方法で試算しているのですか?
電子書籍を販売しているWEBサイトやケータイサイト企業に聞き取り調査した店頭の売上金額や販売された有料ダウンロード金額の合計が市場規模になります。
今年度の白書の調査では電子書籍市場規模が182億円ですから、およそ1兆円といわれている書籍市場の約2%の規模になります。そのうち、ジャンルとしての比率が最も高いのはコミックです。
――世界一の出版大国アメリカで読者ニーズが高いのは大学や図書館、公共施設などで読まれる学術書などの電子ジャーナルですよね。日本の電子書籍市場にこうした電子ジャーナルの売上を含めると、実質的な電子書籍市場は書籍市場の10%ぐらいのマーケット規模に成長しているんじゃないでしょうか?
確かに、医書や法律書など単価が高く専門的でニッチな学術ジャーナルはすでにニーズが高いでしょうね。また、市場規模が300億円台の電子辞書に加え、今年に入って2,000万人のユーザーがいるDSソフトなどの新しい電子出版ニーズもどんどん出てきている。
ただし、学術ジャーナルは会員制サービスのものが多いうえに書籍という形態をとっていないので、現状はこれらを電子書籍市場のカウントには入れていないです。
――新たな電子書籍の市場という点でいうと、エポックメイキングな出来事だったのは、世界最大の書店であるAmazonが発表した電子書籍専用端末kindleによって電子書籍市場への参入を表明したことですよね。
ええ。AmazonやGoogleなどのグローバル企業は市場影響力を持っていますから、これは今年1年でも特に大きな出来事でした。来年以降、ニンテンドーDSの任天堂やiPodで音楽配信の世界的モデルをつくってしまったappleを含む異業種の大企業の参入に加えて、ユーザーによる電子出版ともいえるブログやSNSといったものが、来年以降の電子書籍市場をどう変えていくのかという点をウォッチしていく予定です。
ただ、端末やハードやチャネルが議論の先にくるものではないですよね。一般の読者がいきなり読書端末・ハードを買うというのは敷居が高い。読みたい作品を買うのが読者だという点であくまでもコンテンツが重要です。
―過去、パソコンバンドルといった形でのハード販売や技術ありきの発想で失敗におわったニューメディアやマルチメディアブームの教訓もふまえてもそう思います。
ケータイコミックが牽引する電子コミック市場の課題
それと、パソコンの創成期から電子出版について追いかけてきたわれわれからすると、パソコンというのはある意味で古いメディアです。かつての大型コンピュータとパソコンの関係と現在のパソコンとケータイの関係がよく似ています。形が小さくてもこれまでパソコンが果たしてきた以上の役割をケータイが担っていく可能性が高い。
パソコンはデジタルとしては古いメディアであるがゆえに、著作権保護やDRM技術といった問題がいろいろ出てきている。そんな中で、新しいメディアであるケータイの電子書籍には課金などの仕組みで比較的柔軟なことができますよね。
――電子書籍という新しい存在がケータイという新しいチャネルで伸びているということですね。電子書籍市場全体で伸びが著しいジャンルといえばケータイで読むマンガ「ケータイコミック」ですね。
パソコン向けのWEBコミックからケータイコミックへとシェアが逆転したのは、かつてわれわれがマイコンに飛びついたようにいまの若者は新しい遊びであるケータイコミックに飛びついているということでしょう。
編集部注:電子コミック市場規模は106億円、電子書籍市場全体の73%を占める。
内訳はケータイで読むケータイコミックが82億円、PCで読むWEBコミックは24億円。
従来の「マンガ読み」とは異なる読者層である20代を中心にした女性読者が通勤時間中や就寝前にケータイで読書を読み、ジャンプ黄金時代にマンガをよく読んだ30代を中心にした男性読者がPCでまとめ買いするという読書スタイルが現在の電子コミックニーズの大きな流れといえる。
しかし、ケータイコミックには一つ深刻な課題があります。日本の携帯電話のモデルは世界的にみると孤立していることです。悩ましいところで、日本市場はキャリアが主導になって牽引することでフォーマットや技術仕様が統一されていくことで良い面もありました。ただし、世界展開していくにはこの孤立したモデルがボトルネックになっている。
――そうでなければ、出版市場同様に鎖国的な国内市場の中でのパイの奪い合いになってしまいそうですね。
電子書籍の今後の将来を考えるうえでも、ハードウェアメーカーもキャリアも出版社などのコンテンツホルダーもいっしょになって真剣に考えければいけない問題だと思います。
――来年以降、急伸するケータイコミックに続く形で、世界標準のプライベート端末といえるDSで電子コミックを読む時代がやってきそうですね。ゲームマニアではない広い世代の一般ユーザーにうまくアプローチできているDSチャネルについてはいかがですか?
先日、大日本印刷がニンテンドーDS向けの、電子コミック配信事業を2008年3月から開始すると発表しました。
今後もこうした流れがどんどん増えてくるでしょうね。以前から「脳トレ」など出版物をもとにしたソフトがブレイクしていましたが、本質的にはこれも一種の電子書籍と呼べるものだと思っています。本をそのまま電子化するよりも脳トレにするほうが書籍の発展形のありかたとして理想的ではないかと。個人的には、双方向性を生かした学習・教育系のエデュテイメントソフト化の方向にいくのではないでしょうか。
従来、出版社を支えてきたコミックを中心とした既存の利益モデルが硬直化してきています。ただし、出版社とは本来、自由な発想で出版物の企画・プロデュースをしていく存在です。今後は新しいチャネル開拓にも積極的に取り組んでいってほしいですし、私自身もそうした新しい試みをウォッチしていきたいですね。
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